お役立ちコラム

備えに疲れていませんか?フェーズフリーで発想を変えてみよう

 わたしたちは普段、災害リスクと隣り合わせで働き、生活を送っています。通勤・通学中、仕事中、買い物中、食事中、就寝中……災害はこちらの都合などお構いなしです。最近あちこちで頻発する豪雨、今後も心配な台風・地震。今夏の「南海トラフ地震臨時情報“巨大地震注意”」の発表には、いよいよ来るかと身構えた人は少なくないでしょう。
 
 こうした自然災害に限らず、大規模な事故やテロ、戦争といった事象で発生する人為的災害も含めると、企業で危機管理対策を担う部署からは「対策してもしきれない」という無力感にも似た声が聞こえてきそうです。また何より、日常を過ごす生活者の立場としても、常に警戒しなければならない状況というのはストレスが増すばかり。そんな備え疲れを感じている人が多いのではないでしょうか。

 いつ発生するかわからない漠然とした不安に対して「備えてください」と懸命に呼びかけても、リソース(時間・費用・人手)が限られている以上、備えることには限度があります。誰もが守りたい・失いたくないと思っているのに、備えるのは難しい。そんな防災の課題に対し、いま話題になっているのが「フェーズフリー」という概念です。防災はよく「コスト」と捉えられがちですが、この概念はそんな後ろ向きな考え方ではありません。先日環境省より発表された「第六次環境基本計画(※)」には、“平時の「ウェルビーイング/高い生活の質」と災害リスク軽減の同時実現を果たす”ものとして「フェーズフリー」が掲載されています。防災を後ろ向きな「コスト」ではなく、前向きな「バリュー」として発想を転換させるこの考え方は行政・自治体から支持され始め、さらに新しい付加価値提案に活用できるとして、ビジネスシーンからの注目度も増しているようです。

※環境基本計画
この計画は環境基本法に基づくもので、国の総合的かつ長期的な施策の大綱などを定めるものです。第六次環境基本計画は第一次計画の策定から数えて30年の節目にあたり、2024年5月21日に閣議決定されました。その最上位の目的に、現在および将来の国民一人ひとりの「ウェルビーイング/高い生活の質」が掲げられたことが特徴的です。

みんなの参加が防災課題を解決する鍵になる


「フェーズフリー」の定義を、フェーズフリー総合サイトから引用してみましょう。

 “日常時(平常時)と非常時(災害時)のフェーズ(社会の状態)からフリーにして、生活の質(QOL/クオリティ・オブ・ライフ)を向上させようとする、防災に関わる新しい概念”であり、“いつも使っているモノやサービスを、もしものときにも役立つようにデザインしようという考え方”とあります。

 例えば防災用品を考えるとき、わたしたちは当たり前のように日常使いのモノとは別に「非常時の備え」を思い浮かべると思います。しかし、非常時“だけ”に役割を果たすモノの多くは、日常の仕事や生活シーンで能力を発揮することはありませんし、求められることもありません。「非常時の備え」に人の稼動や場所、維持費といったコストをどの程度、いつまで掛けたら安心できるのか、個人の立場でも企業防災の立場でも、そんな悩みは尽きないでしょう。

 不確定で予測のつかない災害リスクにコストやストレスを掛け続けて備えるのではなく、日常時の生活の質を高めて、非常時にも役に立ちそうなモノやサービスで身の回りを満たしていく。また、あらゆる産業で平常時・非常時のフェーズをフリーにするモノやサービスを続々と生み出し、それをきっかけに新しい価値を生み出し続けていく。そうした全員参加型の活動が、結果的にみんなが求める「災害による被害が起こりにくい、安心して豊かに暮らせる社会」を実現させていく……


「フェーズフリー」のコンセプト&ガイドを読むと、そんな狙いを感じ取ることができます。


「フェーズフリー」に関する具体的なアイデアや取り組みは、「フェーズフリーアワード」を見てみるとよいでしょう。

 このアワードは、フェーズフリー協会の認証審査委員が決定する「入選」や、有識者が入選対象から審査して決定する金・銀・銅の各賞に加えて、一般投票者が選ぶオーディエンス賞があり、誰もが参加しやすい仕組みで運営されています。今年で第4回を迎えたアワードは、9月20日に各賞が発表されました。過去のアワードも公開されていますので、どんなアイデアやサービスが生まれているのかを探すだけでも楽しいですし、「フェーズフリー」の理解がより深まるように思います。

●フェーズフリーの具体事例:としまみどりの防災公園「IKE・SUNPARK/イケ・サンパーク」

 展示会などで池袋を訪れたことのあるビジネスパーソンには、サンシャインシティの隣にある公園と言えばイメージしやすいでしょうか。東京都豊島区にある敷地約1.7haの区内で最も広い公園は、2020年にオープンし、翌2021年には防災公園としての取り組みが評価され、公園管理者の豊島区がフェーズフリーアワード2021の事業部門でシルバーを受賞しました。当社は、指定管理者の構成企業として、この公園の管理・運営に携わっています。“いつも”は街のシンボルとして誰もが過ごしやすく、“もしも”の事態を想定した防災関連イベントなどを近隣の学童クラブと連携して開催するなど、公園の価値を高める活動に取り組んでいます。
 
 日常時は、地域の憩いの場、コミュニティづくりや小商いのチャレンジを促進する場として、週末にはさまざまなイベントが催され、カフェや「KOTO-PORT」と名付けた小型店舗で食事や会話を楽しむ人が多く訪れます。首都直下地震など大規模災害の発生時には、災害対策拠点として機能し、発災直後は近隣住民や帰宅困難者の避難場所となり、その後は救援物資の集積・集配所等として段階的に変化します。日常時のカフェや小型店舗は、炊き出し等避難者への飲食物の提供が期待できます。
 

身の回りの日常に広がるフェーズフリー

 「フェーズフリー」の名付け親であり、フェーズフリーアワードを主催する一般社団法人フェーズフリー協会で代表理事を務める佐藤 唯行さんは、大学では災害軽減工学の分野に学び、実務では社会基盤整備や災害復旧・復興事業に数多く携わり、そうした知見や経験から「フェーズフリー」を世界で初めて提唱した社会起業家です。その佐藤さんに、直接お聞きする機会をいただきました。






一般社団法人フェーズフリー協会 代表理事:佐藤 唯行 氏

 これまでの防災ビジネスは「コストの提案」をしていたと指摘する佐藤さん。備えてくださいというメッセージにすべての人が十分なコストを掛けられるわけもなく、「だから備えられない」という人は少なくありません。災害リスクはみんなが分かっている、なのに「コストが掛かるから」と解決策が採用されなければ意味がないという防災の難題に対し、佐藤さんは「日常のわたしたちの暮らしの豊かさというインセンティブ/バリューによって、非常時の問題もついでに解決してしまおう」と考えたそう。

 コストではなくバリューの訴求をする。非常時を想定しながら、みんなが普段からよいと思えるものを提案する。佐藤さんは、オフィスや建築物を提案するときもそうじゃないですかと次のように続けます。「100年のうち1年は非常時に当たるとしても、99年は日常の暮らし、日常に役に立つ施設として(オフィスや建築物を)つくっているはずですよね。非常時には必ず役に立つ、けれども日常のバリューを生み出さないもの(いつもは使えないスペースやサービス)があったとして、それをお客さまのコストで備えてくださいというのは、なかなか持続的な取り組みにならないでしょう」と。日常業務の利便性や仕事の生産性に寄与するものがあって、それがそのまま非常時にも役に立つのなら、みんなの理解や共感も得られやすい。“いつも”と“もしも”で価値のあるものを生み出し、そんなモノやサービスが結果的に災害リスクを小さくしていく、それがフェーズフリーな考え方ですと佐藤さんは教えてくれました。

 そもそも、「フェーズフリー」という言葉には、その意味を知らないで言われたら、勝手におトク感をイメージしてしまう不思議な印象があります。今回のフェーズフリーアワードの訴求に掲げられた“「みんな」がほほえむ。”という一文からも、みんなを自然と巻き込んでいく印象がありますね……とこちらの認識の是非を尋ねたところ、「それはそう。解決策の提案ではコストがハードルとなって防災はうまくいかない。その代わりとして、備えることを誰もが簡単にできるような参加策をつくっていくというところから(フェーズフリーの発想は)スタートしています。だから当然、フェーズフリーは参加策を描くことをすごく重要視しています」と佐藤さんは言います。


「フェーズフリー」を表している商品として、佐藤さんから取材中にいくつか例示をいただきましたが、その中でも、計量できる紙コップが印象的でした。

 一般的な紙コップは、ほぼ容量・個数に対する価格で選ばれてしまいますが、印刷した図柄で入れたものを計量できるようにデザインした紙コップは、普段使いでも避難所でも使いやすいと利用者から支持を集め、とても売れ行きがよくなったそう。というのも、非常時に困ることの1つに「量ること」があると佐藤さん。粉ミルクを溶く、薬を希釈する、お米を炊く、日常的に当たり前のようにしていた「量ること」が、非常時ではとたんに不便になります。ところが計量できる紙コップが日常的に普及すれば、災害時に量れなくて困るという問題が解決できます。この紙コップの例は、同じ価格ならいつでも使いやすいほうがおトク感があり、生活者から選ばれることを明らかに示しています。

 「日用品はその性質上、差別化がしにくいレッドオーシャンではあるけれど、フェーズフリーで日常時と非常時を同時に考えてしまえば、新しい付加価値を見つけることができます。非常時の提案というのは防災用品くらいしかなくて、完全にブルーオーシャン。日用品に限らずあらゆるモノやサービスがフェーズフリー化していけば一気にマーケットが広がり、防災課題も解決できます。そうした可能性に企業や行政も注目し始めています」と、佐藤さんは語ってくれました。

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 冒頭でも触れましたが、国の環境施策を方向づける「第六次環境基本計画」(2024年5月公表)の中にも、項目の文言として「フェーズフリー」を見つけることができます。わたしたちの身の回りで、フェーズフリーなモノやサービスがあふれる日も近いのかもしれません。

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